6月定例会一般質問

日報病院記事

18日間にわたって論戦を繰り広げた6月定例会が7月13日に閉会、一般会計補正予算案など22議案の他、6つの意見書を可決、承認しました。

今回、昨年春から3度目の一般質問の機会をいただき、震災がれき問題、原子力防災計画、小千谷の病院統合問題など22項目を質問しました。特に病院統合協議に関しては知事から前向きな答弁を引き出すことが出来ました。今後も諸課題の解決に向けて積極的に取り組んでまいります。

一般質問の様子は録画で確認できます。

http://www.niigata-pref.stream.jfit.co.jp/?tpl=gikai_result&gikai_id=6

~~ 以下質問内容 ~

1、がれきの広域処理について 

早いものであの中越大震災から8年、震度7の激震から小千谷市は立ち直り、新たな歩みを進めております。これまでに、県内はもとより、全国の皆様からいただいたご支援のありがたさは、被災した者の一人として、身にしみて、忘れることはできません。そして、当事交替したばかりの泉田知事には本当にお世話になりました。ありがとうございました。復興の途上、私は、「どんなご支援を戴いたとしても、一番大切なのは、自分の足で立つことだ」、と考えていました。そして、自分の足で 災害から立ち上がり、歩き出すためには、物資や義捐金などの 目に見える形の支援も大切ですが、目に見えない心の部分での支援が、実は、大きな支えであることを、身をもって感じました。

中越大震災の際、小千谷市では風光明媚な山本山の中腹に、大きながれきの山ができました。それを全国から来た多くのボランティア、支援者が、分別、仕分けをしてくださいました。どれだけの効率だったかは分かりません。しかし、何泊もしながら、ただひたすら悪臭の漂うがれきと向き合ってくださる方々を前に、胸が熱くなると同時に、必ず復興させてやると決意を新たにした現場でもありました。 このように、被災者に対する、目に見えない支援の思いを、目に見える形で 長く続けること、それが、激甚災害からの力強い復興を可能にすることだと信じております。中越大震災で、支援をうけた者の一人として、少しでもお手伝いをして、かつてのご恩をお返ししたいと思っております。復興の陣頭指揮に当たられた泉田知事ご本人も、同じ思いをお持ちのことだと思います。

そこで、まず一項目にがれきの広域処理について伺います。

 ①現在、東日本大震災の被災地では、震災がれきの処理が問題になっていますが、かつて中越大震災、中越沖地震の際にもがれき問題が発生しました。その際、県外からどのような支援を受け、そして知事はどのように感じたのか伺います。

 ②次に、県が環境省のデータをもとに推計した結果によれば、震災がれきは被災地の処理施設だけでも政府方針の処理期限から7ヶ月弱で焼却が終わる量とのことですが、私は、この、がれきを受け入れるというのは、単に処理能力だけの問題ではないと考えます。がれき受け入れ、という協力を表明することこそが、先に申しました、支援する心を形として表明することだ考えるからです。今後、5市が、がれき受け入れを表明した大槌町を始め、東日本大震災の被災地に対し、県として、がれき受け入れの支援をどのように行おうと考えているか、また、がれき以外の支援の考えがあるか伺います。

 ③次に、知事はがれき受け入れを表明している5市との協議を「見える形にしたい」と表明しました。先日の代表質問において、実務者レベルでの協議に入ると聞いて一歩前進と評価いたしたところでありますが、がれき処理にあたっては、放射能の専門知識が必要であります。安全度を高め、県民の安心感を増すためにも、協議については担当職員だけではなく専門家を交え、アドバイスも得ながらすすめることが重要と考えますが、今後の協議の進め方と合わせ、知事の所見を伺います。

④次に、知事は「安全に管理するという基本方針は5市とは変わらない」とする一方、「放射能は拡散すべきではない」と発言しております。これは、方針は変わらないとしても手法が違うということだと私は受け止めています。そこで運搬受け入れ、焼却処理と、埋設に分けて手法に対する考えを伺いたいと思います。まず、市が予定しているがれきの受け入れ、焼却処理の手法について、どのように考えているか知事の所見を伺います。

 ⑤次に、焼却灰の最終処理の手法について、5市では各市が各々の施設で埋めるとしていることに対して、知事は放射能に対しては厳重に処理、管理すべきと言っております。この相違点を検討し、この処理方法を解決することが、課題克服につながることだと考えますが、知事の所見を伺います。

⑥次に、今回のがれきは放射性物質に汚染されているという特殊事情があるにもかかわらず、環境省が既存の制度や仕組みを使って全国の自治体で処理をさせようとしていることに無理があるのではないかと感じております。その結果、知事が懸念しているように、各地域に埋設することによる広域拡散に繋がってしまっているのではないのでしょうか。疑問を感じるところでありますがこうした国の取り組みについて知事の所見を伺います。

 

⑦次に、5市が行うがれき受け入れの一連の流れの中で、個人的にもっとも心配しているのは濃縮された焼却灰の扱い方についてであります。知事が常々言っている「放射能は拡散すべきではない」とのIAEAの基本原則に則り、濃縮した焼却灰を国の責任で一括管理するよう、知事会などを通じて国に対して働きかける手法もあると考えますが、知事の所見を伺います。

 

⑧次に、焼却灰の管理についてであります。5市ががれきの焼却灰を原発内と同様の管理をすることは現実的に難しい面もあると考えます。その場合はベストではなくてもベターな次善の策も検討していく必要があると考えます。今後の対応について所見を伺います。

 ⑨最後に、安全性を高め、住民の不安感を減らすための協議についてであります。放射線による障害については、どんなに低濃度でも障害が発生するという閾値なしの仮説と、日常生活にある程度の微量な放射線は問題ないという閾値ありの仮説とがあります。放射性物質の人体への影響について解明されていない部分もあり、日常生活の中にあったごく僅かな放射線でさえもその知識が足りず風評被害につながっているとも感じます。

福島で被災された方が言っていました。「もともと自然界にも放射線物質はある。それなのに放射能汚染という言葉が深く人々に刻まれて、もともとあるレベルのものまで汚いもの扱いされている。私たちのふるさとや、震災がれき全てがそんなに汚いのか。○か×かの議論になっていないか。」その言葉に私は深く考えさせられました。

一口に安全・安心といっても、安全と安心は分けて考える必要があります。安全とは科学的探究を目指している客観的なものであり、安心というものは自ら理解、納得するものであると思います。リスクはあるかないかで考えるのではなく出来うる限りの科学的探究を行いリスクを減らしていくほうが安全性を見極めやすくなり、その過程を公表していくことが安心感に繋がるものであると考えます。県民の不安感を減らすためにも県と5市が十分な協議を行って、リスクを減らしながら安全性を高めていく必要があると考えます。今後実務者レベルで協議を行っていくとの事でありますが、この協議の今後の見通しについて伺います。

がれきの受け入れを表明した市にしても、放射能対策に 慎重な姿勢を崩さない知事にしても、被災地の復興を思い、県民・市民の安全を願う気持ちに変わりはないものだと考えます。がれきの受け入れを表明した市が、市民に非難されたり、放射能対策に慎重な知事が、被災地復興に 消極的ではないかと非難されることがないよう、県と市が一体となって解決方法を見出すことを強く願い次に移ります。

2、原子力防災計画の見直しについて

次に2項目目、原子力防災計画の見直しについてです。中越大震災の 被災体験以降、私は中越沖地震、能登半島地震など、激甚災害がおこった直後に現場に入り、被災者の支援活動に従事して参りました。この度の東日本大震災に際しても、以前、小千谷に防災研修にいらした福島県浪江町の方から要請を受け、現地に向かいました。浪江町は人口約2万人で福島第一原発から僅か数キロしか離れていない町です。しかし向かう途中で原発の爆発事故が発生し、現場に入ることが不可能になってしまいました。そこで進路を変更し宮城県石巻市に支援に入りましたが、そこも、混乱を極めておりました。要請しても到着しない救急車。水没している避難所に、膝まで水に浸かりながら避難してくる人々。不足する食糧。そして、涙ながらに家族の行方を探す人。私も海水に浸かりながら必死に支援ルートを開拓しましたが、次の救援が到着するまで更に2日を要しました。

 その頃、浪江町では原発爆発による緊急避難が始まっていました。南は原発、北は津波、東は海で行き止まり。残された西へ向かう片側一車線の道に人々が集中し、普段なら30分で移動できる道程に約7時間かかったといいます。人口2万人の町でさえもそうです。また、私に支援要請した方の友人は、津波で流された人の救助活動の最中に 日没を迎え「必ず明日には助けに来るからな」と心に約して、やむなく救助活動を休止しました。しかしながら、その翌日には避難命令が出たため現場に立ち入ることさえ出来なくなってしまいました。今でも、遠くから聞こえる「助けてくれ」と言う声が、脳裏から離れず、自責の念に駆られていると聞きました。

助けようとしている人々も被災しているのが現場であります。

現場の感覚や感情だけで、ものを言ってはならないことは、重々承知していますが、現場の生の声に耳を傾けることが、生きた防災計画に繋がると考えます。知事が「災害は1度たりとも同じ顔をしない」おっしゃるとおり、仮に同様の地震がおきたとしても季節や時間帯によっても全く顔が変わってきます。現場の混乱を織り込んだ防災計画でなければ、実際には機能しないであろうということを、私は、身を以て痛感しております。現場を歩いてきた者の視点から見直し案を読んで、今後原子力防災計画をたてる上で更に必要だと感じたこと、知事にお伝えしたいことを、三点述べます。一点目は計画をたてるとき複合災害の最悪のケースを想定すること、そして、そのリスクを社会的に合理的だと判断されるまで 議論していかなければならない、ということ。2点目は被災者が被災者を支援することの難しさと限界を知る、ということ。そして3点目は、人の記憶や危機感は薄れていく、ということであります。県民の安全を守る立場の知事が、柏崎刈羽原発の再開に慎重な姿勢なのは、当然でありますが、たとえ、運転を再開しようがしまいが、原発がある以上、速やかに実効性のある防災計画を 策定することが大切であります。そこで、先ほど申し上げた観点から原子力防災計画の見直しについて質問させて頂きます。

 ①まず始めに柏崎刈羽原発のオフサイトセンターについて伺います。原子力安全・保安院の有識者会議では、オフサイトセンターの立地場所について、原発から半径5~30キロ圏内への設置と、県庁への併設と、意見が分かれました。複合災害の場合、オフサイトセンターへ 要員の派遣が困難になると同時に、センターそのものが 機能低下に陥ることも考えられます。新潟県内においては オフサイトセンターをどこに、どの様に 設置することが望ましいと考えるか、知事の所見を伺います。

② 次に、原子力防災計画の 見直し案についてであります。県が、国による福島原発事故の検証結果を待つことなく、原子力防災計画の見直し案を 取りまとめたことは 大変評価いたしておりますが、原子力災害は、テロなどの人為的災害以外は、自然災害との複合災害であることを 強く認識することが大切だと考えます。今以上に情報通信途絶時の想定や、急速に進展する事故を想定した、対策を構築する必要があると思いますが、知事の所見を伺います。

 ③次に、過酷事故時には、自治体は住民に対して、避難先、避難経路など刻々と変わる多くの情報を速やかに伝えなければなりません。この度の福島での原子力発電所の事故を受けて、アメリカは、最悪の予測に基づき、80㎞圏内居住の在日米国人に対して避難勧告を出し、安全が確認されたら徐々に制限を緩めていく、大きく逃げて、小さく帰る、という手法をとりました。一刻を争う大災害時では、SPEEDIの活用方法を含め、予測と実測、どちらを重視することが大切と考えるか、知事の見解を伺います。

 ④次に、見直し案では、原発からの距離に応じて 防災対策を実施することとしており、原発から5キロ圏内は 即時避難、5キロ~30キロ圏内は 基本的には 避難や屋内退避の 準備を進める区域となっています。しかし、5キロ圏内の住民が必死で逃げているのを目の当たりにして 30キロ圏内の住民が、冷静に その場で待機していられるでしょうか。今回の原発事故でも 大変な混乱であったように、過酷事故時には 住民はパニックに陥り、区域に関わらず退避する住民が 多数出て混乱することも、想定の中に入れておかなければなりません。人間の心理状態を鑑みた 原子力防災計画を 策定することが大切だと考えますが、知事の見解を伺います。

また、「個人の記憶は3年たつと忘れられ、組織は30年、地域の記憶は60年で忘れられる。」と原発事故調査・検証委員会委員長でもある工学博士の畑村教授は言っております。この計画についても、十数年後は 計画を策定した職員は多くが退職、知事も私もこの席にいるかどうかはわかりません。県民の意識も薄れてきます。だからこそ防災計画は、住民が、自らとるべき行動を理解でき、数十年経っても 伝承されるように、分かりやすくて 理にかなったものであることが 大切と考えますが、知事の所見を伺います。

 ⑤次に複合災害の場合、道路、通信手段等、ライフラインの麻痺によって、避難したくてもできなくなる状況が推測されます。今回の原発事故でもそうでした。逃げ遅れや、大渋滞、ライフラインの麻痺を想定した中で、住民を放射能から守ることができる 施設整備の検討を、十分に行うことが大切だと考えますが、知事の所見を伺います。原発災害があったら一時、そこに避難するという住民行動は、年数が経っても伝承されやすく、理にかなったものにもなると思います。

 ⑥次に、見直し案では要援護者の避難・屋内退避について、円滑に実施できるようあらかじめ病院、福祉施設に対して、避難誘導の計画を定めるとしていますが、過酷事故や複合災害の場合、支援活動をすべき人間が被災して、避難誘導が思うにまかせないことが、容易に想像されます。あわせて、外からの支援も混乱を極めることは、この度の大震災の支援活動にあたられた知事も、十分ご承知のことと思います。あわせて、福島第一原発から30キロ圏内の 要援護者数が○人に対し、柏崎刈羽原発は○人です。速やかに避難誘導が出来なかった場合も想定し、病院や福祉施設そのものを 放射能から守る 機能の整備を検討する必要があると考えます。また、そういった施設は、要援護者だけでなく、そこにたどり着きさえすれば 誰でも身を守ることができます。このふたつの観点からも、検討してみては如何かと思いますが、知事の見解を伺います。

 ⑦次に、東日本大震災における津波災害では、日常から避難訓練を欠かさなかった地域で多くの命が救われました。原子力災害においても 日常の訓練が重要と考えますが、自治体をまたぐ広域避難訓練を実施する計画の有無、及び計画がある場合は そのスケジュールについて伺います。

3、地域医療について

次に地域医療について伺います。あらためて私が申し上げるまでもございませんが、わが県の地域医療は、深刻な医師不足や看護士不足、医療再編による 地域医療体制の確立など、様々な課題を抱えています。また特に、地方・中山間地域においては、常勤勤務医の減少などによる診療科目の廃止や医療技術の高度化・近代化への対応などが求められておりますが、その課題は、小千谷地域においても例外ではありません。

小千谷市周辺地域の医療は小千谷総合病院、魚沼病院や 開業医を中心に 医療体制を維持し「医療のまち小千谷」を標榜しておりましたが、全国的な医師不足による影響による、診療科の廃止など、診療体制が縮小してきておりました。さらに少子・高齢化や 過疎化が進展してきており、現在の状況では 将来的な展望を切り開くことが 困難な状況となっていました。そのような現状を打破し、小千谷市周辺地域全体の 地域医療を守り、機能強化を図るために、小千谷市が仲介となって 二つの総合病院統合へ向けて、平成21年に協議がスタートしました。それぞれ歴史と伝統のある両病院が、それぞれの歴史を守る以上に、未来の地域医療を守る決意を表明したことに、私は 感動すら覚えると同時に、新しい歴史の一歩を踏み出せるよう、この病院統合に向けて、強い決意で臨んでいるところであります。地域医療を守るために、垣根をこえて統合へ向けて協議を始めたことは、小千谷周辺地域の方々にとっても、大変 関心も深く、その行方に 大きな期待を持っております。民間同士の総合病院の統合は、全国的にもおそらく例が ほとんどないと思いますが、これが成功した場合、今後の医療再編の モデルケースにもなりうると考えます。

そこで小千谷地域の地域医療について3点伺います。

①新潟県内における県立病院の数は、岩手県に続き 全国で2番目であり、県立病院の地域医療に対する役割は、大変大きなものがあると思います。しかし、そのような県内の中でも、地域医療を守るのだという 強い使命感をもって経営している 民間病院も沢山あります。知事は、「医療サービスにおいて、県立でなければできない役割というものは、基本的にはない。県立だけでなく、地域全体の医療体制を どうするかという視点から、持続可能な仕組みづくりを進めていく」との考えを以前、述べておりましたが、改めてこの考えに変わりはないか、地域医療に対する所見を伺います。

 ②次に、先に述べたとおり、小千谷市では 地域医療を守るため、市が仲介役となって、財団法人小千谷総合病院と 厚生連魚沼病院の 統合協議を進めております。小千谷市民を始め、圏域住民にとって、安定した診療体制の確立と 機能強化は 悲願であります。地域全体の医療体制を 持続可能なものにし、且つ、機能強化を図るために、両病院の統合は、必ず成功させなければならないと 考えますが、統合協議に対する 知事の所見を伺います。

 ③次に知事は「県の役割は、県立病院の経営を優先して 周辺の医療機関の経営を 圧迫することであってはならない」との発言がありましたが、一方で、給与格差等により 人員が民間から 県立病院に吸い取られるという話も 聞いております。両病院が、統合の合意を表明した際には、医師、看護師の確保や統合手続きなど、安心な医療体制が構築できるよう、県としても支援していくべきと考えますが 知事の見解を伺います。

4 尾瀬と環境学習について

 次に、尾瀬と環境学習について伺います。

①6月1日、昨年7月の新潟・福島豪雨での災害をのりこえ、今年も例年どおり魚沼からの尾瀬ルートが開通いたしました。開通記念式典に 知事も出席し、祝辞を述べていただいたと聞いておりますが、改めて 今回の開通について 所見を伺います。

②尾瀬環境学習を推進するため、「魚沼から行く尾瀬」環境学習プログラムを、平成21年度に作成し、県内教育関係者へのモニターツアーや、プログラムを活用したパイロット事業を展開し、環境学習の活動に取り組み、一定の成果があったと 認識しているところであります。そこで、「魚沼から行く尾瀬」環境学習推進事業などで、地域の理科教育を支える、地区理科教育センターの役割は 重要と考えます。現在、この地区理科教育センターの、専任所員の配置について、県からの派遣があり、この制度が 今年度で終了すると聞いておりますが、重点的に所員を配置してきた 魚沼・小千谷地域理科教育センターの 役割について知事の所見を伺います。