ユネスコ無形文化遺産、小千谷縮を活かしたまちづくりについて

更新が遅くなってすみません。連日会合やら、視察の資料作成やらで更新が今日になってしまいました。早いもので明日が一般質問の日です。今回は小千谷縮を活かしたまちづくりについて提案いたします。

11月26日のブログで、シルバーパワー×障がい者パワー×ユネスコ×耕作放棄地=「生き甲斐と誇りあるまち小千谷」と書きました。

小千谷市第四次総合計画のキャッチフレーズは「創造、伝統、自然が織りなす誇りあるまちおぢや」であります。その都市像を実現させるためには市民一人ひとりが輝き、ふるさとに誇りと愛着を持ち、このまちに住み続けたいと思えるまちづくりが大切だと考えます。

そこで今回、子どもからお年寄り、また、たとえ障がいがあったとしても、一人ひとりが生き生きと暮らせる、そんな都市像を実現させる手段として、小千谷縮文化を活かしたまちづくりを提案いたします。少々長文ですが是非ご一読ください。

ユネスコ無形文化遺産 小千谷縮

ユネスコ無形文化遺産 小千谷縮

 

第4回定例市議会 一般質問

ユネスコ無形文化遺産、小千谷縮を活かしたまちづくりについて

 

私は先に通告しました要旨に基づきまして「ユネスコ無形文化遺産、小千谷縮を活かしたまちづくりについて」1項目質問させていただきます。

まず、越後布の歴史について少し述べます。皆様にはご承知のことばかり、とは存じますが、後の質問にも関連いたしますので、しばらくご辛抱ください。

 

越後で織られる麻布、つまり越後布の歴史は古く、今から約1200年前に越後から渡った麻布が奈良正倉院に現在も保存されているそうです。上杉謙信も越後布の生産を奨励し宮中や将軍家にも献上、上杉景勝も豊臣秀吉に初めて謁見した際に越後布300反を献上したと年表に記されております。越後布の原料となる苧麻も越後の特産品として名高く、上杉家が一帯を占有するようになると、苧麻に対する税の取立てをする一方、栽培も推奨していました。しかし、1598年上杉景勝が福島県会津へ移封されるとともに苧麻の栽培も会津、米沢へ移り、越後での栽培はその後減少してしまいました。

 

越後布が小千谷縮になったのは1670年頃と記されております。播磨明石藩士だった、堀次郎将俊が夏の衣料として従来の越後布を改良することを思いたち、緯糸に強い撚りをかけて布を織り、仕上げに湯もみをすることで、他に類を見ないほど涼感のある小千谷縮が誕生しました。夏の衣料として最高の着心地の小千谷縮は、大変な勢いで全国に広がり、江戸中期の最盛期には20万反が生産され武家から庶民にまで愛される着物となりました。明治以降は洋装に伴う着物離れや職人の高齢化などにより生産量は落ち込んでいきましたが、小千谷縮の着心地と、知名度は、夏の着物の代名詞といっても過言ではなく、1955年には国の重要無形文化遺産第一号にも指定されました。

そして本年9月30日、小千谷縮、越後上布が染色品として日本で初となるユネスコ無形文化遺産に登録されました。世界の代表的な無形文化遺産のリストに、我がふるさとの小千谷縮が登録されたということは、国内はもとより、世界にも誇れるすばらしい文化であるということが認められた事でもあると思います。

 

小千谷縮は、雪に閉ざされる冬の期間の内職として育まれてきました。材料の苧麻から上等の小千谷縮を作り上げるまでの50以上にも及ぶ工程は、雪国小千谷の先人が、忍耐強く、誠実に取り組んできたからこそのものであると思います。その工程や、歴史に触れるたびに、一市民としても誇りに思います。この度、小千谷縮がユネスコ無形文化遺産に登録されたことは、単に小千谷縮の布に対してだけではなく、小千谷縮を紡いできた先人の細やかで、忍耐強く、勤勉な気質そのものが世界に認められたといってもいいのではないでしょうか。

 

小千谷市第四次総合計画のキャッチフレーズは「創造、伝統、自然が織りなす誇りあるまちおぢや」

であります。その都市像を実現させるためには市民一人ひとりが輝き、ふるさとに誇りと愛着を持ち、このまちに住み続けたいと思えるまちづくりが大切だと考えます。

そこで、子供からお年寄り、また、たとえ障がいがあったとしても一人ひとりが生き生きと暮らせる、そんな都市像を実現させる手段として小千谷縮文化を活かしたまちづくりを提案いたします。

 

苧麻畑

苧麻畑

まず、その具体策のひとつとして、麻織物の原料となる苧麻の栽培を地域おこしの一環として取り組んでみてはいかがでしょうか。

冒頭にも触れましたが上杉景勝が会津に移封されるとともに苧麻の栽培も会津、米沢へ移り越後での栽培はその後減少してしまいました。現在も反物用の苧麻は、会津の昭和村のみで生産されており、重要無形文化財小千谷縮の原料は昭和村から入手しているのが現状です。現在、小千谷縮越後上布保存協会では市内朝日の山中に伝承者養成事業として若干量栽培しておりますが、糸を作るために植えてはおらず昭和村の様な苧麻にするにはかなりの研究と工数が必要とのことでした。

 

私が調査したところによりますと、良い苧麻を栽培するには、新芽を焼いたり、風除けをしたり、植え替え作業を行ったり、様々な作業が必要であるそうです。これは困難ではありますが、資本、土地、労働力、技術等が整えば挑戦してみる価値は十分あるのではないか、と思っております。

 

 資本、土地の問題に関しては、苧麻の栽培を耕作放棄地の有効活用という視点で捉えれば解決の糸口が見えてきます。農水省の「耕作放棄地再生利用交付金」という実証的、試験的に農地を再生させるメニューもあり、それらを有効に活用すれば、土壌改良費、試験栽培に要する経費、賃金等も数年間補助対象となり、研究に要する経費の持ち出しはごく僅かで済みます。

ひかり工房、さつき工房

ひかり工房、さつき工房

 また、労働力、技術に関しては、まちづくりの一環として取り組むこととあわせ、シルバー世代や障がい者の生きがい事業、副収入源として推奨してはいかがでしょうか。苧麻の作付けから糸にするまでには、単純作業から、緻密な作業まで多くの工程を経るため、様々な労働力と技能が必要になってきますが、それを逆手にとって、出来る人が出来ることを、出来るところから取り組む事が可能でもあります。ひかり工房へ苧麻栽培等について提案してみたところ、技術指導さえいただければ出来る作業もあるのではないかとの事でした。苧麻栽培、原糸の生産は労働時間に見合った所得を得にくいとのことですが、これを本業にするのではなく、シルバー世代や障がい者の生きがいづくり、副収入源という位置づけとして発想転換すれば、十分に活躍できる環境をつくれる可能性が広がるのではないでしょうか。実際に糸を生産している業者に問い合わせたところ、障がいのある方が、繊細な糸作りが出来るようになり就職できた例もあるといいます。

元気いっぱい、シルバーパワー!

元気いっぱい、シルバーパワー!

 原料となる麻糸生産の上での一番の課題は、苧績みという麻を爪で裂いて細い糸にする作業であり、現在小千谷市内では5、6人しかいないとのことです。しかし、二三十年前まではかなりの人数の方が作業した経験をもっており、業界関係者によると、今でも70歳代くらいの方で出来る人がそれなりにいるのではないかとのことです。技術継承が困難な今、市として奨励し、経験者の技術復活と継承を側面支援することも大切だと考えます。今を逃したら、もう永久に苧績みの技術が消え去ってしまう可能性があるからです。

 

 小千谷縮は前述のように小千谷の文化歴史を語る上で欠く事のできないものです。苧麻の栽培等を学校の総合学習や社会教育の一環として、取り組んでみてはいかがでしょうか。たとえ、製品の技術に到達できなくても、子どもからお年寄り、障害者も健常者も、ゆるやかに一体となって様々な分野で小千谷縮の生産や歴史に関わることで、生き甲斐や、ふるさと小千谷への誇り、郷土愛の醸成に役立てることができるのではないでしょうか。

 

経済不況や、人口減少問題など地方自治体をとりまく環境は大きく変化してきています。これからの時代は、箱モノや、公共投資といった従来の手段先行型でなく、明確なビジョンを指し示した上での自治体経営が求められており、予算の規模で事業の大小を測るだけではなく、予算が少額でもアイデアとセンスで、地域に役立つ仕組みを生み出していく視点が必要だといわれております。

 

質問1

小千谷縮がユネスコ無形文化遺産に登録された快挙をどのように受け止めているか。

また、第四次総合計画「創造、伝統、自然が織りなす誇りあるまちおぢや」の都市像を実現させるために小千谷縮文化を活かした地域おこしの奨励策を各課横断的に検討してみてはいかがか。

 

質問2 産業振興という視点から・・・

耕作放棄地を再生し、苧麻の栽培と研究を推奨してみてはいかがか。将来的には特産作物として小千谷縮の産業と、観光の振興にも役立つかもしれない。可能性を探ってみては。

 

質問3 障がい福祉計画の視点から・・・

ノーマライゼーションの理念の下、健常者、障がい者の垣根をこえた生き甲斐づくりと、就労の支援策として苧麻の作付けや生産工程に関わっていただくことを検討しては。

 

質問4 高齢者福祉の視点から・・・

シルバーワークプラザが1月にオープンするが、高齢者生きがい支援事業の一環として、また、地域支えあい事業の一環として苧麻の作付け、加工を検討してみてはいかがか。

 

質問5 社会教育と文化振興の視点から・・・

技術保存協会としての伝承者要請事業は、市内業者のご好意により織物会社内で行われているが、関心をもった市内の個人、団体が、学びやすい環境整備を今後検討してみてはいかがか。

 

着眼大局着手小局という言葉がありますが、物事を大きな視点から見つめてうえで、足許の小さなことろから実践してみてはいかがでしょうか。

もし、小千谷で良質な苧麻の栽培が成功し、小千谷産の材料で、苧績みを行う事ができたら、上杉景勝が会津に移封されてからの4百数十年の時を超えて、当時、先人が織り上げていた小千谷産の小千谷縮が誕生するかもしれません。

 この様な閉塞感の漂う時代だからこそ、ふるさとの宝を見つめ直し、夢あるまちづくりを官民一体となって取り組む事が大切だと考えます。

子どもからお年寄り、障がい者から健常者、分け隔てない多くの市民のかかわりを緯糸に、先人の残した文化と歴史を経糸にして「創造、伝統、自然が織りなす誇りあるまちおぢや」が織りあがることを夢見て提案いたします。

苧麻畑視察 夢ある小千谷に!

苧麻畑視察 夢ある小千谷に!