お詫び

3月11日に発生した未曾有の東北地方太平洋沖地震に犠牲になられました被災者の皆様に心よりお見舞い申しあげます。

この度の東日本大震災により、みやざき悦男総決起大会の中止を始めとした日々の活動の中止、自粛など、応援してくださる皆様に多大なるご迷惑と、ご心配をお掛けしましたことを改めてお詫びいたします。

また、後援会活動中止に伴い、東北地方へと被災者支援に向かったことで、後援会の皆様、関係者のに大変なご心配をお掛けしただけでなく、お叱りも頂戴しました。重ねて深くお詫びいたします。

 

私がこの度、東北地方に向かおうと決意した背景は、平成16年に発生した中越地震で災害ボランティアセンター立ち上げを決意した時から始まります。

私はこの時、地震発生直後の災害対策本部の混乱ぶりと、生死を分ける72時間との戦い、避難所の惨状をこの目で見続けてきました。そして、被災者が被災者を支援することの大変さ、地震発生直後から一週間の初動の大切さを痛感いたしました。

その後、あの中越地震の教訓を活かすと共に少しでも恩返しをするために、後に発生した能登半島地震や中越沖地震発生直後に現地入りし、初動の約一週間、被災者支援と災害ボランティアセンター立ち上げ支援に携わってきました。

現在、中越地震の被災者教訓と、能登半島地震、中越沖地震時の支援者教訓を、各地の研修などでお話させていただいております。

 

そしてこの度の東北地方の大震災。

ここには運命としか言いようがない巡り合わせがありました。

2月24日のブログに掲載しましたが、先月、震災発生時の組織運営を小千谷に研修にいらしたのは、日本青年会議所東北地区協議会の役員6名だったのです。研修に来てからたった一ヶ月で、まさか実践する場になるとは・・・

 地震発生から約1時間後。

6名の名刺を探し出しその住所を確認するとその住所は岩手、仙台、そして福島原発に程近い浪江町・・・辛うじて繋がった電話の声は鬼気迫るものでした。今しなければならないことをお伝えして電話を切りましたが、その後電話は繋がらず、時々繋がる携帯メールのみが唯一の連絡手段となりました。同じ地震を体験した私たちがこの惨状を見ながら何もしないでいいのか。私はこのまま4月の統一地方選に向けた後援会活動を続けてよいのか・・・12日昼、みやざき悦男後援会執行部会議において14日のみやざき悦男総決起大会を始めとした数日間の後援会活動自粛を決定しました。

4月の統一地方選に向けて皆様に大変お世話になっている大切な時期に、「なぜそのような無謀なことをするのか」「一人や二人で行っても何もならない」などの声もいただきました。しかし、中越地震、能登半島地震、中越沖地震と3つの地震の長い現場を体験し、「現地がどのようになっていて、これから何が足りなくなって、どのようなことが起きてくるのか」「どのようにしたら現場までリスクを減らし、辿り着けるのか」など、災害時の予測と対応方法が、いつのまにか体にしみついてしまっていました。決して無謀なことをしているわけではございません。

災害時には支援方法を探る始めの一歩、0から1を生む作業がとても重要です。私が実際に使ったルートの情報や被災現場の状況などを、今までの経験から得られたネットワークに繋げることで、被災者を支援できるスピードが速まります。

震災発生から72時間という生死を分けるといわれる時間をどのように支援するか。また、物資をはじめとした避難所環境を早く整えないと、高齢者や生活弱者の生命にも大きく影響しかねないことを体験上知っています。だから厳しい被災地へ行く術を知っている私が道をつけなければならないという思いに至るのです。

あわせて、私を動かした根底には、先月お会いしたばかりの青年会議所の仲間を何としてもサポートしなければならないという強い思いが働いたのも事実です。

 「知行合一」

知識あっても行動が合致していなければならないという言葉が好きです。自分の信念に基づいての行動とお許しください。

 この度の一連の活動でご迷惑をお掛けしました皆様に改めてお詫び申し上げます。

 (報告は後日掲載させていただきます)