中越地震体験記 8 船頭多くして・・・ 10/26(地震4日目)

10月26日小千谷市震度
震度3 – 2回 震度2 – 4回 震度1-25回

センター周辺には、早朝から多くの支援者が集まってくださった。
NPOやJC、各種団体の役員の方々・・・

すべて市外県外の方々だった。

こんな時に地元の人は無理だよな・・・と思っていたところ、
小千谷JCメンバー4人が姿を見せてくれた。本当に嬉しかった。
ただただ来てくれた人に感謝した。そして「できることから始めよう」
と確認しあった。

朝8時過ぎになると全国から色々な人が本部を訪ねてきた。
副本部長という肩書きだけで何も分からない私の前に、大勢の人が列を作っていく。
国会議員から個人グループまで、どんどん私の手元に、
様々な肩書きの名詞がたまっていく。
災対本部や関係者からの紹介で来た人も多く無碍にもできない。

当時いただいた名刺

その方々の経験や話しを聞いても、片言の挨拶と名詞の肩書きだけでは、
どの人が本当にノウハウを持っているのか。どの人の言葉を信じればいいのか
なかなか見極める事ができなかった。

グループによって思想や、支援の手段も千差万別であり、
“船頭多くして”船が山に登りかねない状態だった。

昼近くには、24日に依頼していた炊き出しグループも続々と到着し、
とても話を聞いていれる状態ではなくなってきた。
何よりも一刻も早く食べていただきたかった。

人も情報もとても本部だけではまかないきれないため
急遽、小千谷小学校グラウンドに食料、物資供給場所を儲け、
本部に来る炊き出し関係者はすぐに小千谷小学校に向かうよう依頼した。

余震の続く中、本部周辺と、小学校周辺で炊き出し開始。

長い列の脇で、涙を流しながらおわんを手に取るおばあちゃんを見て、
駆けつけてくださったボランティアの皆さんに心から感謝した。