中越地震体験記 6 陸の孤島 10/24(地震翌日)

家族の安全を確保した後、ボラセン立ち上げの準備に入る。

しかし残念なことに携帯電話がほとんど繋がらない。
稀に掛かってきたとしても安否の確認などがほとんどだ。
本来は知人や取引先からの安否の連絡は、本当に
ありがたい限りだが、緊急連絡が全くとれない。

外部と物資などの打ち合わせをしても、一度電話を切ったら最後、
二度と同じ人と繋がることはなかった。
電池もあっという間に消耗、被災者支援のツールとしてほとんど
役目を果たしていなかった。

当時小千谷JCメンバーは75人。
JC専務の佐藤竜一君とメンバーの安否を確認しながら
「25日、サンラックおぢやに集まってほしい」と声を掛けて回った。

いたるところに道路の亀裂、陥没、崩落が見受けられる。
また、倒壊家屋や、土砂によって道が塞がったままになっており
車では思うように動けない。

かろうじて携帯メールが使えたのが唯一の救いだった。

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